- 学校の部活動で先輩から厳しい「指導」という名の無理難題を押し付けられる。
- 家庭内で一方的な価値観を押し付けられ、個人の尊厳が守られない。
- 職場という閉鎖的な環境で、権力を背景にした不当な扱いを受ける。
こうした人間関係の歪みは、現代では「ハラスメント」という言葉で整理されています。
しかし、相手を力でねじ伏せようとする傲慢さや、無意識のうちに発せられる言葉の暴力は、決して新しい問題ではありません。
先人たちは、こうした理不尽な状況や人間の醜い性質を鋭く観察し、多くの言葉を遺してきました。
対人関係における加害性と、そこから身を守るための知恵を授けてくれることわざや四字熟語を、シチュエーション別に紐解いていきましょう。
- 権力や立場を背景とした理不尽
- 鹿を指して馬と為す(しかをさしてうまとなす)
- 泣く子と地頭には勝てぬ(なくことじとうにはかてぬ)
- 無理が通れば道理が引っ込む(むりがとおればどうりがひっこむ)
- 笠に着る(かさにきる)
- 虎の威を借る狐(とらのいをかるきつね)
- 下衆の勘繰り(げすのかんぐり)
- 言葉の暴力と配慮の欠如
- 慇懃無礼(いんぎんぶれい)
- 口は災いの元(くちはわざいのもと)
- 藪を突いて蛇を出す(やぶをついてへびをだす)
- 雉も鳴かずば撃たれまい(きじもなかずばうたれまい)
- 親しき仲にも礼儀あり(したしきなかにもれいぎあり)
- 自己中心的な傲慢さ
- 傍若無人(ぼうじゃくぶじん)
- 傲岸不遜(ごうがんふそん)
- 驕れる者久しからず(おごれるものひしからず)
- 独断専行(どくだんせんこう)
- 英語表現
- まとめ
権力や立場を背景とした理不尽
鹿を指して馬と為す(しかをさしてうまとなす)
自分の権勢を利用して、道理に合わないことを他人に無理やり認めさせること。
また、人を欺いて、上の者を自分の思うままに操ることも指します。
中国の秦の時代、権力を握った趙高(ちょうこう)が、皇帝に鹿を献上しながら「これは馬です」と言い張りました。
周囲の臣下たちが彼の権勢を恐れ、自分の保身のために「馬です」と同調したという『史記』の故事に由来します。
泣く子と地頭には勝てぬ(なくことじとうにはかてぬ)
道理が通じない相手や、絶対的な権力を持つ者には、どんなに正論を説いても無駄であり、従うほかないということ。
地頭(じとう)とは、かつて土地の管理や徴税を行っていた役人のことです。
自分の生活を左右する権力者には、わがままな子供と同じで、理屈では太刀打ちできなかったという諦めの教訓です。
無理が通れば道理が引っ込む(むりがとおればどうりがひっこむ)
道理に合わないこと(無理)が世間にまかり通るようになると、正しい理屈(道理)が行われなくなってしまうということ。
力のある者の横暴によって、正しい者が肩身の狭い思いをする不条理な社会を批判する言葉です。
『江戸いろはかるた』の一つとして、江戸時代から庶民の間で親しまれてきました。
笠に着る(かさにきる)
自分自身の力ではなく、背後にある権力や地位を盾にして、威張り散らしたり強引な態度を取ったりすること。
親や上司の威光を利用して相手を威圧する様子を厳しく批判する際に使われます。
「役職を笠に着る」といった表現で、立場の濫用を戒める文脈で多用されます。
虎の威を借る狐(とらのいをかるきつね)
実力のない者が、他人の権勢を借りて威張ること。
虎に捕まった狐が、「私は天帝から王に任じられた。嘘なら私の後ろをついてきてみろ」と言い、虎を引き連れて歩いたところ、動物たちは背後の虎を恐れて逃げ出しました。
虎は動物たちが自分を恐れていることに気づかず、狐を恐れていると勘違いしたという『戦国策』の物語が語源です。
下衆の勘繰り(げすのかんぐり)
心の卑しい者が、自分の邪推(じゃすい)に基づいて、他人の親切や行動を悪く解釈すること。
セクシャルハラスメントの背景にあるような、過度な邪推や偏見による不適切な発言を戒める際にも当てはまる表現です。
言葉の暴力と配慮の欠如
慇懃無礼(いんぎんぶれい)
表面上の態度は非常に丁寧で礼儀正しいが、実は相手を見下していたり、心がこもっていなかったりすること。
「丁寧な言葉遣い」という皮をかぶりながら、精神的に相手を追い詰めるような、陰湿なハラスメントの様子を的確に表しています。
「慇懃」は丁寧さ、「無礼」は失礼さを意味し、その矛盾を突いた言葉です。
口は災いの元(くちはわざいのもと)
不用意に発した言葉が、自分自身に大きな災難をもたらす原因になるということ。
ハラスメントの多くは「自覚のない一言」から始まります。
相手の尊厳を傷つける言葉がいかに恐ろしい結果を招くかという、対人関係の根本的な戒めです。
藪を突いて蛇を出す(やぶをついてへびをだす)
余計なことをしたために、かえって悪い結果を招いてしまうこと。
相手が触れられたくないプライバシーに土足で踏み込んだり、不必要な詮索をしたりすることで、深刻な対人トラブルに発展する状況を指します。
「藪蛇(やぶへび)」と略して使われることも多く、不用意な干渉を慎むべきことを教えています。
雉も鳴かずば撃たれまい(きじもなかずばうたれまい)
無用な発言をしたために、自ら災いを招いてしまうことの例え。
雉(きじ)が鳴かなければ、猟師に見つかって撃たれることもなかったという様子に基づいています。
相手への配慮を欠いた「余計な一言」が、自分自身の首を絞める結果になる危うさを説いています。
親しき仲にも礼儀あり(したしきなかにもれいぎあり)
どんなに親密な関係であっても、最低限の礼儀や節度を保つべきであるということ。
「仲が良いから許されるだろう」という甘えが、相手へのハラスメントや境界線の侵犯を引き起こす原因になることを鋭く指摘しています。
自己中心的な傲慢さ
傍若無人(ぼうじゃくぶじん)
周囲に人がいないかのように、勝手気ままに振る舞うこと。
他人の感情や立場を一切無視して、自分の都合だけで行動する傲慢な様子を指します。
『史記』に登場する荊軻(けいか)が、市場で仲間と酒を飲み、周囲を気にせず歌い泣いたというエピソードが由来です。
傲岸不遜(ごうがんふそん)
思い上がって、人を見下した態度を取ること。
自分の立場を過信し、相手に対して敬意を欠いた高圧的な態度で接することを指します。
ハラスメント加害者に共通して見られる、他者への想像力が欠如した精神状態を端的に表す四字熟語です。
驕れる者久しからず(おごれるものひしからず)
勢力があって威張っている者も、その栄華は長く続かず、やがて滅びてしまうということ。
『平家物語』の冒頭で有名な言葉です。
権力を背景に周囲を虐げるハラスメント的行為は、最終的には自らの破滅を招くという因果応報の理を説いています。
独断専行(どくだんせんこう)
自分一人の判断で、勝手に物事を進めてしまうこと。
周囲の意見に耳を貸さず、一方的に物事を決定し実行する態度は、組織内におけるパワーハラスメントの典型的な形と言えるでしょう。
英語表現
Power corrupts
- 意味:「権力は腐敗する」
- 解説:人間が権力を持つと、必然的にそれを濫用し、他者を虐げるようになるという普遍的な心理を突いた言葉です。
- 例文:As the saying goes, power corrupts, and he began to treat his subordinates unfairly.
(ことわざにある通り、権力は人を腐敗させるもので、彼は部下を不当に扱うようになった。)
A slip of the tongue
- 意味:「口の滑り」
- 解説:不用意な発言や、つい漏らしてしまった失礼な言葉のこと。
ハラスメントになりかねない「うっかり発言」への注意喚起として使われます。 - 例文:I didn’t mean to offend you; it was just a slip of the tongue.
(あなたを傷つけるつもりはなかったんです。ただの口の滑りでした。)
Adding insult to injury
- 意味:「傷口に塩を塗る(さらに辱める)」
- 解説:不運に見舞われている人に対して、さらに追い打ちをかけるようなひどい言葉をかけたり、無礼な態度を取ったりすること。
- 例文:To add insult to injury, they laughed at his failure after firing him.
(追い打ちをかけるように、彼を解雇したあとにその失敗を笑いものにした。)
まとめ
ハラスメントという現代的なラベルが貼られる以前から、人間は権力の濫用や言葉の刃に悩み、またそれを戒めてきました。
今回紹介した言葉たちは、単なる古い表現ではありません。
自分の言動が「虎の威を借る狐」になっていないか、あるいは「親しき仲にも礼儀あり」を忘れていないかを確認するための、現代でも通用する重要な指針です。
相手の立場を尊重し、言葉の重みを自覚すること。
そして、もし理不尽な攻撃を受けたなら「三十六計逃げるに如かず」の精神で自分を守ること。
これらの言葉を知っておくことは、自分も他人も傷つけない、健やかな人間関係を築くための一助となることでしょう。








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