意味
「合わせる顔がない(あわせるかおがない)」とは、取り返しのつかない失敗や裏切りのせいですっかり面目を失い、きまり悪くて相手の顔を正面から見られないことです。
単なる気まずさより重く、申し訳なさや罪悪感を強く伴う場面で使われる言葉です。
- 合わせる:向き合う、対面すること。
- 顔(かお):相手と向き合う際の面目。
語源・由来
「合わせる顔がない」は、「顔を合わせる」という日常の動作を土台にした言葉です。
日本語では「顔」を面目や体面の象徴として使う言い回しが数多くあり、「顔をつぶす」「顔が立つ」なども同じ発想から生まれています。
大きな失敗をした後は相手と正面から向き合うこと自体がつらく感じられるため、その気持ちを「顔を合わせられない」という形で表すようになったと考えられます。
使い方・例文
「合わせる顔がない」は、自分の非を強く自覚し、相手と対面しづらい気持ちを表す場面で使われます。
- 大事な資料を紛失し、上司に合わせる顔がない。
- 約束を破ってしまい、彼女に合わせる顔がない。
- 借金を重ねてしまい、実家の両親に合わせる顔がない。
類義語・関連語
「合わせる顔がない」と同じように、面目を失った気まずさを表す言葉には、以下のようなものがあります。
- 顔向けできない(かおむけできない):
恥ずかしくて相手の前に出られないこと。 - 肩身が狭い(かたみがせまい):
周囲に対して引け目を感じ、堂々と振る舞えないこと。
対義語
「合わせる顔がない」とは反対に、堂々と振る舞える様子を表す言葉には、以下のようなものがあります。
- 大手を振る(おおでをふる):
世間に対して堂々と振る舞うこと。
英語表現
can’t face someone
直訳が示すとおり、恥ずかしさや申し訳なさで相手と対面できない気持ちを表す表現。
I can’t face my parents after failing the exam again.
(試験にまた落ち、両親に合わせる顔がない。)
小説『野菊の墓』では「合わせる顔がない」が2度出てくる
伊藤左千夫の小説『野菊の墓』(1906年)には、この言い回しが2度出てきます。
語り手の「僕」は2つ年上のいとこの民子と思い合っていましたが、民子は家族に強く勧められてよそへ嫁ぎ、のちに亡くなります。
民子の墓の前で「僕」は、民子は「嫁に往っては僕に合わせる顔がないと思ったに違いない」と考えます。
そのあと民子の祖母は「僕」に、「私共一同誠に申訣がなく、あなたに合せる顔はないのです」(私たち一同、本当に申し訳なく、あなたに合わせる顔がないのです)と詫びます。
同じ出来事を、相手の気持ちを思いやる「僕」と、詫びる側の家族の両方が、「合わせる顔がない」で言い表しているのです。













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