意味
「瓜二つ(うりふたつ)」とは、二つの姿かたちが見分けがつかないほどよく似ていることです。
特に血縁のある人物同士の顔立ちが似ている場合に使われることが多く、驚きや親しみを込めた肯定的な響きを持つ言葉です。
- 瓜(うり):キュウリやマクワウリなどウリ科の植物。
- 二つ(ふたつ):一つを分けた両方の部分。
語源・由来
「瓜二つ」は、瓜を縦に真っ二つに割ったときの切り口が、驚くほど同じ形をしていることに由来する表現です。
「瓜を二つに割ったよう」という形でも言います。
数ある野菜や果物の中でなぜ瓜が選ばれたのかは定かではありませんが、美しい面立ちを指す「瓜実顔」という言葉があるように、瓜は古くから顔かたちの例えとして親しまれてきた植物です。
使い方・例文
「瓜二つ」は、親子や兄弟など血縁関係にある人の顔立ちが似ている様子を表す際に使われます。
- あの姉妹は瓜二つで、遠くからでは見分けがつかない。
- 息子は父親と瓜二つの顔をしている。
- 双子の二人は性格まで瓜二つだ。
類義語・対義語
「瓜二つ」と同様に姿形が似ていることを表す言葉、また反対に全く似ていないことを表す言葉には以下のようなものがあります。
- 生き写し(いきうつし):
本人そっくりに似ている様子。 - 似ても似つかない(にてもにつかない):
正反対に全く似ていない様子。
瓜二つ、謡曲『花月』では「瓜を二つに割ったよう」の形
「瓜二つ」は、瓜を二つに割ると切り口の形や大きさがほとんど同じであることから、よく似ている様子をたとえる言葉になりました。
謡曲『花月』では、僧が花月を「俗にて失ひし子」だと名乗り出る場面で、清水寺の門前の者が「瓜を二つに割つたるやうにて候」と応じています。
夏目漱石の『吾輩は猫である』(1905〜06年)には、泥棒の顔が水島寒月君に「瓜二つ」だという一節があり、今と同じ短い形で使われています。












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