頭の上の蝿を追う

頭の上の蝿を追うのタイポグラフィサムネイル 個別解説
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自分の頭にたかったハエすら追い払えないのに、他人の世話を焼こうとする。
そんな見当違いを戒めるのが、「頭の上の蝿を追う」(あたまのうえのはえをおう)です。

意味

「頭の上の蝿を追う」とは、人の世話を焼く前に、まずは自分のことをしっかり始末すべきだという教えという意味です。

自分自身の頭にたかっているハエさえ追い払えない者が、他人のことをとやかく言うべきではない、という戒めを含みます。
人に忠告や指摘をする前に、まず自分の身の回りを整えるべきだという場面で使われる言葉です。

  • 頭の上の蝿(あたまのうえのはえ):自分自身の身近な問題のたとえ
  • 追う(おう):追い払うこと、処理すること

語源・由来

「頭の上の蝿を追う」は、自分の頭にとまったハエすら自力で追い払えない、身近で滑稽な光景から生まれた表現です。

他人の頭のハエなら簡単に追い払ってやれるのに、自分の頭のハエとなると、なぜかうまく追い払えないことがあります。
この身近な滑稽さを通じて、他人のことには口を出したがるのに、自分自身の問題は後回しにしてしまうという人間の性質を戒める言葉として使われるようになりました。

使い方・例文

「頭の上の蝿を追う」は、自分のことを棚に上げて他人に口を出す人を戒める場面で使われます。

  • 人に説教する前に、頭の上の蝿を追えと言いたくなる。
  • 自分の仕事も終わっていないのに他人を注意するとは、頭の上の蝿を追えていない。
  • まずは頭の上の蝿を追うことから始めようと反省した。

類義語・関連語

「頭の上の蝿を追う」と同じく、自分自身を省みることの大切さを説く言葉には、以下のようなものがあります。

  • 紺屋の白袴(こうやのしろばかま):
    他人のことに忙しく、自分自身のことがおろそかになること。
  • 医者の不養生(いしゃのふようじょう):
    正しい方法を知りながら、自分では実行できていないこと。

他人のことなら見えるのに、自分のことは見えない理由

他人の問題には気づきやすく、自分自身の問題には気づきにくいという傾向は、心理学でも古くから注目されてきた現象である。
自分の行動を評価する際には、周囲の状況や事情といった言い訳になる材料に目が向きやすい一方、他人の行動を評価する際には、その人の性格や能力といった本質的な部分に目が向きやすいことが知られている。
この見え方の非対称性が、自分の頭の上のハエには気づかず、他人の頭の上のハエばかりが目についてしまう現象の背景にあると考えられている。

自分と他人とでは、問題の見え方そのものに非対称性があることが、こうした指摘の背景にある。

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