意味
「歯牙にも掛けない」は、相手の言い分や存在そのものを、歯と牙の間に置いて論じる値打ちもないと切り捨て、まるで相手にしないことを表します。
単に気づかないのではなく、見下した末に無視するという、やや強い響きを持つ言葉です。
- 歯牙(しが):歯と牙のこと。転じて、言葉や話題という意味で使われる。
語源・由来
「歯牙にも掛けない」は、中国の秦末、農民の反乱を率いた陳勝(ちんしょう)の知らせが都に届いた場面に登場します。二世皇帝が居並ぶ学者たちに意見を求めたとき、学者の叔孫通(しゅくそんつう)は、これを反乱と認めれば皇帝の怒りを買うと察し、「これはただの盗賊にすぎず、歯牙の間に置いて論じるほどの値打ちもありません」と答えました。
この「歯牙の間に置く」という言い回しが、のちに「歯牙にかける」という形になり、それを打ち消した「歯牙にも掛けない」が、取るに足らないものとして無視する意味で使われるようになりました。
使い方・例文
「歯牙にも掛けない」は、相手からの反論や忠告を無視して聞き流す場面などで使われます。
- 周囲の忠告など歯牙にも掛けず、彼は強引に計画を進めた。
- 新人の提案は、ベテラン勢から歯牙にも掛けられなかった。
『山月記』での使用例
『山月記』(中島敦)
科挙に及第しながら詩人の道に固執した李徴が、後に虎へと姿を変えていく自らの半生を語る場面で使われています。かつて凡人として見下し、歯牙にも掛けなかった同輩たちに、今では頭を下げねばならないという屈辱が、彼の自尊心をどれほど傷つけたかが描かれています。
彼が昔、鈍物として歯牙にも掛けなかった其の連中の下命を拝さねばならぬこと
類義語・関連語
「歯牙にも掛けない」と同じように、相手や物事を全く問題にしない態度を表す言葉には、次のようなものがあります。
- 眼中にない(がんちゅうにない):
そもそも意識や関心の対象に入っていないこと。 - 一顧だにしない(いっこだにしない):
一度も振り返って見ようともしないこと。
「歯牙にも掛けない」と類義語の違い
いずれも相手を無視する態度を表しますが、無視の質が異なります。「歯牙にも掛けない」は見下した末の無視を、「眼中にない」は意識にすら上らない無関心を、「一顧だにしない」は一度も目を向けない冷淡さを表します。
| 語句 | ニュアンス |
|---|---|
| 歯牙にも掛けない (しがにもかけない) | 見下した末の無視 |
| 眼中にない (がんちゅうにない) | そもそも意識にない |
| 一顧だにしない (いっこだにしない) | 一度も目を向けない |
英語表現
not give someone the time of day
相手を完全に無視して取り合わない態度を表す言い方。
He didn’t even give her the time of day when she tried to explain.
(彼女が説明しようとしても、彼は歯牙にも掛けなかった。)
look down one’s nose at
相手を見下し、取るに足りないものとして扱う言い方。
The critics looked down their noses at the young director’s first film.
(批評家たちは若手監督の初監督作を歯牙にも掛けなかった。)
保身の言葉を残した学者のその後
反乱を歯牙にも掛けないと言い切った叔孫通は、この一言で二世皇帝の不興を買わずに済み、秦末の混乱を巧みに生き延びます。その後は複数の勢力を渡り歩き、最終的に前漢を建てた劉邦に仕えました。宮中の礼儀作法が定まっていなかった漢の初期に、儒学に基づく朝廷の儀式を整えたのもこの叔孫通です。保身のために反乱を歯牙にも掛けないと言い切った学者は、のちに王朝の儀礼を形づくる立場に落ち着きました。









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