意味
「昨非今是」とは、置かれた境遇が変わったことをきっかけに、以前の考えや行いの誤りに気づき、今の見方を正しいと認めることを表す四字熟語です。
単なる意見の変化ではなく、過去を振り返って悔い改める反省の気持ちを伴う点に特徴があります。
- 昨非(さくひ):昨日まで誤りだと思っていたこと。
- 今是(こんぜ):今は正しいと認めること。
語源・由来
「昨非今是」は、中国・東晋時代の詩人である陶淵明が記した『帰去来辞』の「今の是にして昨の非なるを覚りぬ(今のありようこそ正しく、昨日までのありようは誤りだったと気づいた)」という一節に由来します。
陶淵明は、わずかな俸給のために品性の卑しい上役に頭を下げることに耐えられず、41歳で県令の職を辞して故郷に帰りました。
そのときの心境をつづったのが『帰去来辞』で、それまでの役人暮らしを反省し、田園でのくらしにこそ本来の生き方があると悟った思いが、この四字熟語のもとになっています。
使い方・例文
「昨非今是」は、状況が変わったことで過去の考えの誤りに気づき、それを認める場面で使われます。
- 転職して業界の裏側を知り、以前の自分の考えはまさに昨非今是だったと悟った。
- 独立してから、会社員時代の常識が昨非今是であったと痛感している。
類義語・関連語
「昨非今是」と同じように、以前の考えや発言を変えることを表す言葉には、次のようなものがあります。
- 手のひらを返す(てのひらをかえす):
それまでの態度や意見を、急に正反対に変えること。 - 前言撤回(ぜんげんてっかい):
以前に言ったことを、後になって取り消すこと。
「昨非今是」と類義語の違い
三つとも以前の考えや発言を変える点で共通しますが、変化の背景にある姿勢が異なります。「昨非今是」は境遇の変化を経た反省に基づく気づきを、「手のひらを返す」は都合に応じた身勝手な豹変を、「前言撤回」は発言そのものの取り消しを指します。
| 語句 | きっかけ | 姿勢 |
|---|---|---|
| 昨非今是 (さくひこんぜ) | 境遇の変化 | 反省を伴う気づき |
| 手のひらを返す (てのひらをかえす) | 自分の都合 | 身勝手な豹変 |
| 前言撤回 (ぜんげんてっかい) | 発言の誤り | 発言の取り消し |
英語表現
see the light
誤りに気づき、物事を正しく理解できるようになる言い方。
After years of struggle, he finally saw the light and changed his approach.
(長年の苦労の末、彼はようやく昨非今是の心境に至り、やり方を改めた。)
have a change of heart
それまでの考えや決意を、心の底から改める言い方。
She had a change of heart after seeing the results firsthand.
(結果を目の当たりにして、彼女は昨非今是というべき心境の変化を遂げた。)
ダマスカスへの道
キリスト教の伝承では、後に使徒となるパウロが、キリスト教徒を迫害するためにダマスカスへ向かう途上で天からの光を受け、それまでの信念を一変させたと伝えられています。
この出来事にちなみ、英語には信念や方向性が劇的に転換する瞬間を指す「road to Damascus(ダマスカスへの道)」という言い方があります。
17世紀ごろには、この言い回しが宗教とは無関係な文脈でも、大きな考え方の転換を表す比喩として使われるようになりました。
境遇の変化によって過去の考えを反省し、新たな見方に至るという構図は、洋の東西を問わず、印象的な言い回しとして残っています。









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