意味
「他人行儀(たにんぎょうぎ)」とは、よその人に接するときのように改まっていて、打ち解けない様子という意味です。
親しいはずの間柄で、遠慮した言葉づかいや態度をとるときに言います。
「他人行儀はやめよう」のように名詞としても、「他人行儀な挨拶」のように「な」を付けて様子を表す語としても使います。
語源・由来
この言葉は、「他人」と「行儀」を合わせた語です。
字のとおり、他人に対するときのような改まった振る舞いを表しています。
使い方・例文
- 十年来の友人なのに、いまさら敬語で話すなんて他人行儀だ。
- 義母は私に気をつかってか、いつまでも他人行儀な話し方をする。
- 同じ部署になったのだから、他人行儀はやめて名前で呼び合おう。
類義語・関連語
親しいはずの相手がよそよそしい様子を表す語には、次のようなものがあります。
- 水臭い(みずくさい):
親しい間柄なのに、よそよそしい様子。
「他人行儀」と「水臭い」の違い
どちらも親しい相手のよそよそしさを言いますが、「他人行儀」は名詞で振る舞いそのものを指し、「水臭い」は形容詞で相手の態度を評して言うという違いがあります。
| 語句 | 品詞 | 例 |
|---|---|---|
| 他人行儀 (たにんぎょうぎ) | 名詞(「な」を付けても使う) | 他人行儀な挨拶 |
| 水臭い (みずくさい) | 形容詞 | 黙っているなんて水臭い |
対義語
- 気が置けない(きがおけない):
遠慮や気づかいをしなくてよく、心から打ち解けられる様子。
森鷗外『雁』は「他人行儀」を親子と友人の二場面で使う
森鷗外の小説『雁』には、「他人行儀」が二か所に出てきます。
一つは、登場人物のお玉が、父親に打ち明けられない事情を抱えたまま実家を訪ねる場面で、次のように書かれています。
これまで何事も打ち明け合って、お互の間に秘密と云うものを持っていたことのない二人が、厭でも秘密のあるらしい、他人行儀の挨拶をしなくてはならなくなったのである。
もう一つは語り手の「僕」が、下宿の隣の部屋に住む岡田との間柄を振り返るところで、「僕と岡田とは随分心安くなって、他人行儀はしなくなっていたが」とあります。
お玉と父親の場面では親子の間によそよそしさが生まれたことを、「僕」と岡田の場面では友人どうしの遠慮が無くなっていたことを述べるのに、同じ語が使われています。


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