忙しい毎日の中でつい後回しにしてしまいがちな、自分自身の体の声。
ふとした瞬間に感じるだるさや、逆にぐっすり眠れた翌朝の爽快感で、私たちは改めて体の調子に気づかされます。
生きていく上でのあらゆる活動の資本となる「健康」(けんこう)について、先人たちは多くの言葉を遺してきました。
そこには単なる体調管理のコツだけでなく、命そのものへの感謝や、病との向き合い方という深い知恵が刻まれています。
身体の根源と成長
命あっての物種(いのちあってのものだね)
何事も命があってこそできることで、死んでしまっては何にもならないということ。
「物種」は物事の根源の意で、命にかかわる危険は避け、まず生き延びることを第一に考えるよう諭す言葉です。
寝る子は育つ(ねるこはそだつ)
よく眠る子供は丈夫に育つということ。
身体髪膚、これを父母に受く(しんたいはっぷ、これをふぼにうく)
自分の体は髪の毛一本、皮膚の一片に至るまで、すべて父母から授かったものであるということ。
中国の古典『孝経』の開宗明義章にある言葉です。
この句に続けて、授かった体を傷つけないことが孝行の始まりであると説いています。
病の入り口と戒め
病は口より入り、禍は口より出ず(やまいはくちよりいり、わざわいはくちよりいず)
病気は口から入る飲食物がもとで起こり、災いは口から出る言葉を慎まないところから起こるということ。
中国西晋の学者傅玄の言葉で、口は慎まなければならないという戒めです。
風邪は万病の元(かぜはまんびょうのもと)
たかが風邪と侮っていると、それが引き金となって深刻な病気を招く恐れがあるという警告。
初期の不調を無視せず、早めに休息を取り、体をいたわることの重要性を説いています。
医者の不養生(いしゃのふようじょう)
専門的な知識があり、他人に養生を勧める立場にありながら、自分自身の健康には無頓着であること。
知識を蓄えること以上に、それを自らの生活で実践し続けることの難しさと大切さを、皮肉を込めて示しています。
喉元過ぎれば熱さを忘れる(のどもとすぎればあつさをわすれる)
熱いものも飲み込んでしまえば熱さを忘れるように、苦しいことも過ぎてしまえば忘れてしまうことのたとえ。
苦しいときに人から受けた恩を、楽になると忘れてしまうことのたとえにも使います。
治療と回復の知恵
薬石効なし(やくせきこうなし)
いろいろな薬や治療を尽くしても、効き目がないこと。
「薬石」の「石」は石鍼(= 中国古代の治療器)のことで、「薬石」で種々の薬や治療法を指します。
「薬石効なく永眠する」のように、手を尽くした治療のかいなく亡くなったことを伝える言い方として使われます。
良薬は口に苦し(りょうやくはくちににがし)
よく効く薬は苦くて飲みにくいように、よい忠告の言葉は聞くのがつらいが、身のためになるというたとえ。
中国の『孔子家語』や『韓非子』に見える言葉です。
一病息災(いちびょうそくさい)
全く病気がないよりも、一つくらい持病がある人の方が、かえって自分の体を大切にするため、結果として長生きできるということ。
自分の弱さを知っていることが、最大の防御になるという逆説的な知恵です。
起死回生(きしかいせい)
死にかかっている病人を生き返らせること。
転じて、滅びかけているものや絶望的な状態のものを、再び立ち直らせることにも使います。
日々の養生と長寿
腹八分目に医者いらず(はらはちぶんめにいしゃいらず)
食事を満腹まで食べず、八分目程度に抑えておけば、病気にかからず医者に頼る必要もないということ。
健康は富に勝る(けんこうはとみにまさる)
いくら多くの財産を持っていても、健康には及ばないということ。
不老長寿(ふろうちょうじゅ)
いつまでも年をとらず、長生きすること。
「不老長寿の仙薬」のように使います。
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