意味
「二匹目の泥鰌を狙う(にひきめのどじょうをねらう)」とは、一度うまくいったやり方にあやかって、もう一度同じ方法で利益を得ようとするという意味です。
たまたま柳の下で泥鰌を捕まえたからといって、次もまた同じ場所にいるとは限りません。
一度の成功が次も続くわけではない、という現実を教訓として伝えています。
語源・由来
「二匹目の泥鰌を狙う」は、ことわざ「柳の下にいつも泥鰌はいない」に由来します。
「柳の下にいつも泥鰌はいない」は、一度うまくいったからといって、同じことを同じやり方で狙ってもまたうまくいくとは限らないというたとえです。
「二匹目の泥鰌」は、このことわざで、柳の下に二度目もいると当てにされる泥鰌を指しています。
使い方・例文
創意工夫を怠り、過去の成功体験や他人の成功事例を安易になぞろうとする場面で使われます。
例文
- 大ヒット作の二匹目の泥鰌を狙うような、似た企画ばかりが目立つ。
- 兄の勉強法を真似して二匹目の泥鰌を狙ったが、結果は散々だった。
- 一度儲けたからと全財産を投じ、二匹目の泥鰌を狙うのは危うい。
類義語・関連語
「二匹目の泥鰌を狙う」と似た意味を持つ言葉には、以下のようなものがあります。
- 守株(しゅしゅ):
古い習慣にこだわり、進歩がないこと。
切り株に激突した兎(うさぎ)を忘れられず、再び兎が来るのを待ち続けた男の故事に由来します。 - 二番煎じ(にばんせんじ):
一度使ったものの使い回しで、新鮮味や価値がないこと。 - 柳の下にいつも泥鰌はおらぬ(やなぎのしたにいつもどじょうはおらぬ):
一度うまくいったからといって、次も同じようにいくとは限らないという戒め。
対義語
「二匹目の泥鰌を狙う」とは対照的な意味を持つ言葉は、以下の通りです。
- 一度あることは二度ある(いちどあることはにどある):
物事は繰り返される傾向があるため、注意すべきだという教訓。
※一度うまくいったことがまた起こるとは限らないとする「柳の下にいつも泥鰌はいない」に対し、同じことがまた起こると見る点で反対の立場のことわざです。
英語表現
「二匹目の泥鰌を狙う」を英語で表現する場合、以下の定型表現が最もニュアンスとして近くなります。
Lightning never strikes twice in the same place
「稲妻は同じ場所に二度は落ちない」
幸運(または不運)というものは、同じ場所に続けて起こることはないという意味の格言です。
Don’t expect another miracle. Lightning never strikes twice in the same place.
(また奇跡が起きるとは思うな。二匹目の泥鰌を狙うような真似はやめるんだ。)
森繁久弥は「どじょうは二匹はいなかった」と書いた
俳優の森繁久弥は、「知床旅情」が広く歌われたあとのことを、随筆『にんげん望遠鏡』(1979年)に書いています。
評判に気をよくして、あれこれいくつも作詞をしてみたものの、「柳の下にどじょうは二匹はいなかった」と結んでいます。
一度当たった本人が、同じ道でもう一度当てようとしてうまくいかなかったと振り返った一節です。
森繁が自分で狙い、見つからなかったと認めたのが、まさに「二匹目の泥鰌」でした。










コメント
[…] 2匹目のドジョウは無いかもですが、2匹目のウナギは有り〼 (〃∇〃) […]