意味
「大智は愚の如し(たいちはぐのごとし)」とは、真に深い知恵を備えた人は自分の賢さを誇示しないため、かえって愚かな人のように見えてしまうという意味です。
真の賢さは、知識を誇示しない謙虚な態度の中に表れることを説く言葉です。
- 大智(たいち):非常にすぐれた知恵。
- 愚(ぐ):愚か者、愚かなさま。
語源・由来
出典は、北宋の文人・蘇軾が、自分を深く認めてくれた先輩の欧陽脩の引退に際して贈った文章「賀欧陽少師致仕啓」です。
その中に「大勇は怯なるが若く、大智は愚の如し」(本当に勇気のある者は臆病者のように見え、本当に知恵のある者は愚か者のように見える)という一節があり、これが由来とされています。
まだ退く年齢に達しないうちに、力が及ばないと言って職を辞した欧陽脩の身の引き方を、蘇軾がこの言葉でたたえています。
使い方・例文
大智は愚の如しは、知識や実力を誇示しない謙虚な人物をたたえる場面で使われます。
- 彼の飾らない態度は、まさに大智は愚の如しを体現している。
- 社長は口数少なく、大智は愚の如しという言葉がふさわしい人物だ。
- 専門家ほど大智は愚の如しで、謙虚に語ることが多い。
類義語・関連語
大智は愚の如しと同様に、実力を誇示しない謙虚さを表す言葉には、以下のようなものがあります。
英語表現
大智は愚の如しと近いニュアンスを持つ英語表現には、以下のようなものがあります。
Still waters run deep
直訳は「静かな水ほど深く流れる」。
物静かな人ほど内面に深い知恵や強さを秘めていることを表す表現。
He rarely speaks up in meetings, but still waters run deep.
(彼は会議であまり発言しないが、物静かな人ほど内に深いものを秘めている。)
蘇軾が欧陽脩の引退に贈った対句
「大智は愚の如し」は、北宋の文人・蘇軾が著した「賀欧陽少師致仕啓」という文章にある「大勇は怯なるが若く、大智は愚の如し」という対句に由来します。
この文章は、政治家であり文人でもあった欧陽脩の引退を祝って蘇軾が贈ったもので、本当に勇気のある者は一見臆病者のように見え、本当に知恵のある者は一見愚か者のように見える、という言葉で、まだ退く年齢に達しないうちに職を辞した欧陽脩の身の引き方を称えています。
才知をひけらかさない人物への賛辞として用いられるこの対句は、老子の「大巧は拙なるが若し」に通じる考え方です。












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