意味
「大男総身に知恵が回りかね」とは、からだばかり大きくて、知恵の働かない男をあざけっていう言葉です。
知恵が体のすみずみまで行き渡らない、という理屈にならない理屈で笑いをとる言い方で、悪口として使われます。
言われた側は傷つくので、本人の前で使う言葉ではありません。
- 総身(そうみ):からだ全体。
- 回りかね(まわりかね):行き渡らない。「かねる」は〜しきれないという意味。
語源・由来
「大男総身に知恵が回りかね」は、知恵を体じゅうを巡る液体のように見立てた言い回しです。
体が大きければそのぶん巡る先も広く、頭まで届ききらない。
もちろん実際の理屈ではありませんが、あえてもっともらしい説明の形をとることで、からかいの調子が生まれています。
使い方・例文
「大男総身に知恵が回りかね」は、見かけの立派さと中身が釣り合わないことを笑う場面で使われます。
- 体格は一級だが判断が遅い。大男総身に知恵が回りかねだ。
- 「大男総身に知恵が回りかねと言うだろう」と兄が笑った。
- 陰で大男総身に知恵が回りかねと言われては立つ瀬がない。
使うときの注意点
この言葉は、体つきという本人にどうにもできない特徴を笑いの材料にしています。
あざけり、皮肉る言い方であって、中立に言い換える用法はありません。
見かけと中身が釣り合わないことだけを言いたい場面では、「独活の大木」や「見掛け倒し」のほうが角が立ちません。
類義語・関連語
「大男総身に知恵が回りかね」と同じく、大きさと中身が釣り合わないことを表す言葉には以下のようなものがあります。
- 独活の大木(うどのたいぼく):
体ばかり大きくて、何の役にも立たないこと。 - 見掛け倒し(みかけだおし):
外から見た立派さに、中身がともなわないこと。
「大男総身に知恵が回りかね」と「独活の大木」の違い
どちらも大きさと中身の落差を笑いますが、指しているものが違います。
「大男総身に知恵が回りかね」は人の知恵が足りないことを、「独活の大木」は役に立たないことを言います。
「独活の大木」は物や組織にも使えます。
| 語句 | 足りないもの | 人以外に使えるか |
|---|---|---|
| 大男総身に知恵が回りかね (おおおとこそうみにちえがまわりかね) | 知恵 | 使えない |
| 独活の大木 (うどのたいぼく) | 役立ち | 使える |
対義語
- 山椒は小粒でもぴりりと辛い(さんしょうはこつぶでもぴりりとからい):
小さくても、侮れない力を持っていること。
「かね」という言い切らない終わり方
この言葉は「回りかね」で終わり、「回らない」とは言い切っていません。
「かねる」は、しようとしてもしきれない、という意味を添える言葉です。
知恵は巡ろうとしているのに体が広すぎて届かない、という言い方になっており、断定を避けたぶんだけ皮肉の色が濃くなります。
「見るに見かねる」「決めかねる」の「かねる」も同じ働きをしています。









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