目上に使うと失礼になることわざ・四字熟語

目上に使うと失礼になることわざ・四字熟語 特集
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相手をほめたり、へりくだったりしたつもりの一言が、目上の人にはかえって失礼に響くことがあります。
言葉の意味を取り違えているときだけでなく、意味自体は合っていても、目上の人に向けると角が立つ場合があるためです。
言葉の本来の意味と文化庁「国語に関する世論調査」の数字をもとに、目上に向けると失礼になりやすい言葉をまとめました。

ほめたつもりが見下しになる言葉

もともと「つまらないもの」「立派でないもの」を引き合いに出す言い回しです。
自分をへりくだって言うぶんには成立しますが、相手に向けると、その前提ごと相手に当てはめてしまいます。

  • 大器晩成(たいきばんせい):
    大人物は世に出るまでに時間がかかるということ(『老子』四十一章から)。
    励ましのつもりでも、目上に向ければ「まだ世に出ていない」と言うことになります。
  • 一日の長(いちじつのちょう):
    知識・経験・技能などが少しすぐれていること(『論語』先進から)。
    「さすが部長、一日の長がありますね」は、差がわずかだと評したことになります。
  • 馬子にも衣装(まごにもいしょう):
    つまらぬ者でも、外形を飾ると立派に見えることのたとえ。
    装いをほめたい場面で出やすい言葉ですが、「もとは大したことがない」という前提が消えません。
  • 出藍の誉れ(しゅつらんのほまれ):
    弟子が師よりすぐれていること。
    本人をほめる言葉ですが、同時に師が越えられたと述べる言葉でもあります。
    師の前では使いどころを選びます。
  • 枯れ木も山の賑わい(かれきもやまのにぎわい):
    つまらないものでも、ないよりはましであることのたとえ。
    「ぜひご参加ください、枯れ木も山の賑わいと申しますから」は、相手を「つまらないもの」と言ったことになります。自分が数合わせで加わるときに使う言葉です。

へりくだったつもりが逆の意味になる言葉

自分を低く言おうとして、本来の意味では正反対のことを述べてしまう型です。

  • 役不足(やくぶそく):
    本人の力量に対して、役目のほうが軽すぎること。
    「私では役不足ですが」は、本来の意味では「この役目は自分には軽すぎる」という申し出になります。
    へりくだるなら「力不足」です。
  • 他山の石(たざんのいし):
    他人の誤った言行も、自分の修養の助けになるということ。
    「先生を他山の石として」は、相手の言動を誤りと見なしたことになります。
  • 気が置けない(きがおけない):
    相手に気配りや遠慮をしなくてよいこと。
    「気が置けない方ですね」は本来ほめ言葉ですが、逆の意味に受け取る人のほうが多いため、目上には誤解される前提で使う必要があります。

どれくらいの人が取り違えているか

文化庁「国語に関する世論調査」で、本来の意味を選んだ人と、もう一方の意味を選んだ人の割合です(意味は上のリストを参照)。
調査年度によって数字が動くため、年度とあわせて示します。

言葉  本来もう一方年度
役不足45.1%48.9%令和6(2024)
気が置けない42.7%47.6%平成24(2012)
枯れ木も山の賑わい37.6%47.2%平成26(2014)
他山の石30.8%22.6%平成25(2013)
出典:文化庁「国語に関する世論調査」各年度。年度は和暦(西暦)。

ただし令和6年度は調査方法が変わっており、文化庁自身がそれ以前の年度との単純比較に注意を促しています。
「他山の石」だけは、本来の意味を選んだ人のほうが多くなっています。
ただし平成25年度の調査で最も多かった回答は「分からない」で35.9パーセントでした。
取り違えられているというより、意味が知られていない言葉です。

相手の評価そのものになる言葉

意味を取り違えていなくても、目上を評価する立場に自分を置いてしまう言い方です。
内容が的確なほど、言われた側は据わりが悪くなります。

  • 独断専行(どくだんせんこう):
    自分だけの判断で勝手に行動すること。
    決断の速さをほめるつもりでも、この言葉は手続きを踏まないことへの批評です。
  • 大言壮語(たいげんそうご):
    実力もないのに大きなことを言うこと。
    意気込みを紹介する場面で出やすい言葉ですが、実力が伴わないという前提が入っています。
  • 傍若無人(ぼうじゃくぶじん):
    人前をはばからず、勝手にふるまうこと。
    豪放さをほめる文脈で使われることがありますが、もとは非難の言葉です。
  • 唯我独尊(ゆいがどくそん):
    この世で自分ほど尊い者はいないということ。
    もとは仏の誕生の言葉ですが、現在はひとりよがりを指して使われます。

ねぎらいの言葉は、上下で使い分けられている

「御苦労様」を目上に使わないという言い方に、決まりがあるわけではありません。
ただし実際の使われ方には、はっきりした偏りがあります。

言葉職階が上の人へ職階が下の人へ
お疲れ様(でした)76.0%61.4%
御苦労様(でした)8.8%28.4%
ありがとう(ございました)13.0%6.6%
出典:文化庁「国語に関する世論調査」平成27年度(2015年度)・問8「仕事が終わったときに掛ける言葉」より。

上司に「御苦労様」と言う人は8.8パーセントで、部下に言う場合の3分の1以下です。
正誤が定まっているわけではありませんが、慣習としては定着しています。

意味は正しくても、場面を選ぶ言葉

  • 鶏口となるも牛後となるなかれ(けいこうとなるもぎゅうごとなるなかれ):
    大きな集団の末端にいるより、小さくとも長になれということ。
    相手の所属を「牛後」に見立てたことになるため、勤め先の話題では使いどころを選びます。
  • 青は藍より出でて藍より青し(あおはあいよりいでてあいよりあおし):
    弟子が師よりすぐれることのたとえ。
    出藍の誉れと同じく、師の前で言えば師を越えたと述べることになります。
  • 馬耳東風(ばじとうふう):
    人の意見や批評を心にとめず聞き流すこと。
    受け流す度量をほめる文脈で使われることがありますが、この言葉が指すのは聞いていないことです。

大切なのは「誰に向けて使う言葉か」ということ

ここに挙げた言葉は、決して使ってはいけない言葉というわけではありません。

例えば「枯れ木も山の賑わい」は自分に対して使えば謙遜になりますし、「役不足」は相手に重要な役目を任せたいときにそのまま使えます。言葉そのものが悪いわけではありません。
問題となるのは、言葉の中に含まれる「見下すようなニュアンス」や「低い立場」が、目上の人に向かってしまうときです。

使うべきか迷ったときは、次の3点をチェックしてみてください。

  1. 誰を低く扱っている言葉か
    「つまらぬ者」「枯れ木」「牛後」のように、言葉そのものに相手を下げる比喩が含まれている場合は、目上の人には使えません。
  2. 上から目線で評価していないか
    「一日の長」や「独断専行」などは、相手の能力や行動を評価・採点するニュアンスが含まれるため、目上の人に向けるのは不適切です。
  3. 誤解されやすい言葉ではないか
    本来の正しい意味で使ったとしても、相手が世間一般の誤用で受け取ってしまうと、思わぬ誤解を生む可能性があります。
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