意味
「健全なる精神は健全なる身体に宿る(けんぜんなるせいしんはけんぜんなるしんたいにやどる)」とは、からだが丈夫であれば、精神もそれにつれておのずと健全になるという意味です。
古代ローマの詩人ユウェナリスの詩の一部が訳されて広まった言葉で、「健全なる身体」を「健全なる肉体」と言うこともあります。
語源・由来
この言葉は、ユウェナリスの『風刺詩集』第10歌の一節がもとになっています。
その終わり近くで詩人は、人は何も願ってはいけないのかと問い、何が自分たちのためになるかは神々に決めてもらうのがよい、と答えます。
そのうえで、それでも何かを願って祠に供え物をするのなら、と続けて詠んだ、次の一節が由来です。
orandum est ut sit mens sana in corpore sano.
(祈るべきは、健全な身体に健全な精神があるように、ということだ)
この「祈るべきだ」の部分が省かれた形で格言として広まったため、もとの詩の意味とは隔たりが生まれました。
日本語の訳し方が誤りだと言われることもありますが、ラテン語の格言として使われた段階で、すでに誤解される下地があったと考えられています。
使い方・例文
- 祖父は健全なる精神は健全なる身体に宿ると言い、毎朝欠かさず散歩に出かける。
- よく眠って体調が戻ると、健全なる精神は健全なる身体に宿ると実感した。
- 顧問は健全なる精神は健全なる身体に宿ると言って、部員に走り込みを続けさせた。
使うときの注意
格言として広まった形は、からだの健康を何より大事なものとする言葉だとして、反論や批判を受けてきました。
病気やけがを抱えた人に向けて言うと、心まで健全でないと言っているように受け取られかねません。
自分の生活を見直すときや、体を動かすことをすすめるときに使います。
言い換えるなら「体を動かすと気分も晴れる」のように、相手を評価しない言い方にします。
英語表現
A sound mind in a sound body
健全な身体に宿る健全な精神。
ラテン語の Mens sana in corpore sano を英語にした形。
My grandfather often says, “A sound mind in a sound body.”
(祖父はよく「健全なる精神は健全なる身体に宿る」と言う。)
「健全なる精神は健全なる身体に宿る」の後で詩は徳を説く
第10歌では、この一節のすぐあとに、さらに何を願うべきかが並びます。
死の恐れを持たない強い心、寿命の終わりも自然の贈り物の一つに数え、どんな苦労にも耐えられる心、怒ることを知らず何も欲しがらない心です。
そして詩人は、次のように述べます。
monstro quod ipse tibi possis dare; semita certe
tranquillae per uirtutem patet unica uitae.
(私が示すのは、あなたが自分で自分に与えられるものだ。穏やかな人生へ続く道は、確かに徳を通る一本だけが開かれている)


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