意味
「国破れて山河在り(くにやぶれてさんがあり)」とは、戦乱で国が滅んでも、山や川は昔と変わらない姿で残っているという意味です。
戦争で国が荒れ果てたことを嘆く言葉として使われます。
また、人間の愚かな営みが、変わらない自然の前ではいかに無意味かを表す言葉としても使われます。
- 破れて(やぶれて):ここでは、国が滅びて。
- 山河(さんが):山と川。
語源・由来
この言葉は、唐の詩人杜甫の詩「春望」の冒頭の句です。
755年に安禄山という武将が反乱を起こし、翌年には都が攻め落とされて、皇帝までが逃げ出しました。
757年の春、反乱軍に押さえられた都にいた杜甫が作ったのがこの詩です。
詩は、次の対句(= 形や意味が対になる二つの句)で始まります。
國破山河在,城春草木深
(国破れて山河在り、城春にして草木深し。都は戦乱で荒れ果てたが、山や川は昔のまま。城壁の内にも春が来て、草木が生い茂っている)
詩はこのあと、乱れた世の中を嘆き、離ればなれになった家族を案じ、何もできないまま年老いていく自分を悲しんで終わります。
使い方・例文
第二次世界大戦に敗れたあと、多くの日本人がこの句を口ずさみ、よく引用しました。
- 焼け野原の写真を前に、祖父は「まさに国破れて山河在りだった」と語った。
- 古戦場の跡に立つと、国破れて山河在りという句が自然と心に浮かんだ。
- 国語の授業で、国破れて山河在りが漢詩の一節だと初めて知った。
芭蕉が平泉で引いた「国破れて山河あり」
松尾芭蕉は『おくのほそ道』の平泉の段で、この句を引いています。
芭蕉はまず、平泉で三代にわたって栄えた一族の跡が田野になったと述べます。
また、高館(= 源義経が最期を迎えたとされる衣川の館)にこもって戦った人々の手柄も、ひとときの草むらになったと書きます。
そのあとに、次の文が続きます。
国破れて山河あり城春にして草青みたりと笠うち敷て時のうつるまで泪を落し侍りぬ
(「国破れて山河あり、城春にして草青みたり」と口ずさみ、笠を敷いて腰を下ろし、時がたつまで涙を流しました)
杜甫の詩では「草木深し」ですが、芭蕉の文では「草青みたり」になっています。
この文のすぐあとに、「夏草や兵どもが夢の跡」の句が置かれています。


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