意味
「泥仕合(どろじあい)」とは、本来の争点を離れ、互いに相手の弱みや秘密をあばき立てて争うことです。
一方だけを責める言葉ではなく、争っている双方がそろって見苦しいという見方を含みます。
語源・由来
歌舞伎には舞台の上に泥田をこしらえ、その中で役者が組み合う立ち回りを見せる演出があり、これを泥仕合と呼びます。
泥にまみれて取っ組み合う争いそのものを指す使い方もあります。
泥の中で争えば、どちらが押し勝っても双方とも泥をかぶったまま終わります。
この姿から、互いの弱みをあばき合って共に見苦しくなる争いの例えに移っていったとみられます。
使い方・例文
単独で使うより、「泥仕合になる」「泥仕合に発展する」のように、争いが移っていった先を指す形で使います。
例文
- 両社の訴訟は互いの内部資料を持ち出す泥仕合になった。
- 選挙戦は中盤で泥仕合の様相を見せ、政策の話が消えた。
- 遺産分けの話し合いは、親族同士の泥仕合に発展した。
「泥試合」と書くのは一般的ではない
「しあい」は、互いに何かをし合うという意味の「し合う」から来た言葉です。
「仕合」も「試合」もその音に字を当てたもので、今は勝負ごとに「試合」を使うのが普通ですが、泥仕合には「仕合」の字が残っています。
「泥試合」と書くのは一般的ではありません。
類義語・関連語
この言葉と同じように、言い争いがもつれる場面を表す言葉には、以下のようなものがあります。
- 売り言葉に買い言葉(うりことばにかいことば):
相手の荒い言葉に、同じ調子の言葉で応じること。 - 水掛け論(みずかけろん):
互いに自分の言い分を譲らず、いつまでも決着がつかない議論。
「泥仕合」と類義語の違い
どれも争いがもつれた場面に使う言葉で、争いのどの部分を指しているかで使い分けます。
| 語句 | 争いのどこを指すか |
|---|---|
| 泥仕合 (どろじあい) | 争点を離れ、互いの弱みをあばき合う段階 |
| 売り言葉に買い言葉 (うりことばにかいことば) | 一言が次の一言を呼び、応酬が始まる瞬間 |
| 水掛け論 (みずかけろん) | 争点は離れないまま、双方が譲らず進まない状態 |
対義語
反対に、手段を選ばずに争うのではなく、正面から堂々と向き合う様子を表す言葉は以下の通りです。
- 正々堂々(せいせいどうどう):
卑怯なところがなく、態度が堂々としている様子。 - 正攻法(せいこうほう):
小細工をせず、正面から攻める進め方。
英語表現
英語では、次のような言い方でこの争いを表します。
mudslinging
相手の評判を落とすために、中傷を投げつけ合うことを指す言い方。
The campaign turned into pure mudslinging in its final week.
(選挙戦は最後の一週間で、すっかり泥仕合になりました。)
slanging match
激しい言葉で互いに罵り合う口論を表す言い回し。
The debate ended in a slanging match between the two leaders.
(討論は二人の党首の泥仕合に終わりました。)
「泥仕合」の場面にも使われる本物の水(本水)
歌舞伎には、本物の水を舞台に持ち込む本水という演出があります。
ふだんは雨の音を下座(= 舞台の陰で鳴り物や唄を受け持つ場所)で鳴らし、川や海は大道具に描いて見せますが、本水の場面では実際の水を流します。
江戸時代の芝居小屋には冷房が無く、人の集まる小屋の中はひどい暑さになったため、本水は夏の芝居でよく使われました。
滝を落とす、雨を降らせる、井戸の水をかぶるといった見せ場があり、今でも水しぶきの届く席にはビニールが配られることがあります。
泥仕合の例として知られる『夏祭浪花鑑』の「長町裏」でも、団七が義平次を泥田の中で殺したあと、井戸の水をかぶって体の血を洗い流す場面に本水が使われます。











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