2025年に公開された映画『国宝』は、邦画実写の興行収入で歴代1位を記録する大ヒットとなり、歌舞伎の世界への関心が高まっています。
実は、黒幕・十八番・どんでん返しなど、日常でよく使う言葉の中にも歌舞伎の舞台から生まれたものが数多くあります。
舞台の仕掛け、役者、演技、場面という由来ごとに分類してまとめました。
舞台の仕掛けから生まれた言葉
- 黒幕:
舞台の暗転や場面転換に使う黒い幕。
転じて、裏で指図する影の実力者のこと。 - 差し金(さしがね):
黒衣が黒い棒の先の針金で蝶や人魂を操った小道具。
陰で人を操ることのたとえ。 - 黒衣(くろご):
役者の演技を裏で支える黒装束の後見役。
姿が無いものとして扱う舞台の約束事から。
なお、「くろこ」は後から広まった読み。 - 裏方:
客席から見えない場所で舞台を支える係。
表に出ず実務を担う人を指す言葉に。 - どんでん返し:
大道具を90度倒して裏の絵を立てる「強盗返し」という仕掛け。
太鼓の音から名付いた。 - こけら落とし:
新築の劇場工事で出た木くず(こけら)を払い清めたこと。
新装開場の初興行を指す。 - 幕を引く:
場面の終わりに引き幕を閉めること。
物事に区切りをつけることのたとえ。 - 幕切れ(まくぎれ):
各場の終わりに幕が閉まること。
物事の結末そのものを指す言葉になった。 - のべつ幕なし:
幕を下ろさず演目を続けて上演すること。
絶え間なく続く様子のたとえ。
役者と配役から生まれた言葉
- 十八番(おはこ):
市川團十郎家が得意とした18演目「歌舞伎十八番」の台本を箱に収めたこと。
得意技のたとえ。 - 立役者(たてやくしゃ):
主役を務める男性役「立役」から。
物事を成功に導いた中心人物のこと。 - 二枚目:
劇場の看板で2番目に名を書かれた美男役の俳優。
美男子を指す言葉になった。 - 三枚目:
看板の3番目に名を書かれた道化役の俳優。
おどけた役回りの人のこと。 - 千両役者:
年間千両を稼いだ人気役者から。
実力・人気ともに抜きんでた人を指す。 - 一枚看板:
主演俳優一人の姿を大きく描いた劇場の看板。
組織を代表する人物のたとえ。 - お家芸:
役者の家に代々伝わる得意の演目。
得意分野そのものを指す言葉になった。 - 花形(はながた):
華やかで人気のある役柄「花方」から。
ある分野で人気を集める人のたとえ。 - 色男(いろおとこ):
色恋の場面を演じた美男役者「濡事師」の呼び名から。
魅力的な美男子のこと。
演技と台詞から生まれた言葉
- 見得(みえ):
役者が動きを止めて決めるあの独特の姿勢。
大げさな態度や虚勢を指す言葉になった。 - とちる:
役者が台詞や動作を間違えること。
しくじる・失敗するという意味で広く使われる。 - 捨てぜりふ:
台本にない即興の台詞。
立ち去り際に相手へ投げつける言葉のこと。 - なあなあ:
登場人物同士が「なあ」と声を掛け合う場面から。
いい加減に済ませることのたとえ。 - だんまり:
暗闇の設定で登場人物が無言のまま探り合う演出。
黙ったままでいる様子のこと。 - めりはり:
台詞の抑揚や声の強弱をつける技法「乙張り」から。
物事に強弱をつけることのたとえ。 - 口説き:
登場人物が心情を長く語り聞かせる演出。
相手を熱心に説得することのたとえ。 - ケレン味(けれんみ):
早替わりや宙乗りなど見た目本位の演出「外連」から。
奇抜で人目を引く表現のこと。
場面と展開から生まれた言葉
- 大詰め(おおづめ):
一日の興行の最後に上演する演目。
物事の終盤、最終段階を指す言葉になった。 - 正念場(しょうねんば):
役の本心を見せる大切な場面「性根場」から。
実力が問われる重要な局面のこと。 - 大向こうを唸らせる(おおむこうをうならせる):
劇場奥の安席にいる目の肥えた客を感嘆させること。
実力で人々を感心させることのたとえ。 - 花道を飾る(はなみちをかざる):
客席を貫く花道での晴れ舞台。
去り際に華々しい成果を残すことのたとえ。 - 板につく(いたにつく):
役者の演技が舞台の床板に馴染んで見えること。
立場や役割に馴染む様子のこと。 - 見せ場:
役者の演技が最も光る、見る価値のある場面。
物事の中で最も注目される部分のこと。 - 大喜利(おおぎり):
一日の最後の演目「大切り」に、客も喜び演者も利を得るとの意味を込めた当て字。
演芸の一形式となった。 - 愁嘆場(しゅうたんば):
登場人物が身の上の不幸を嘆き悲しむ場面。
悲劇的で痛ましい状況のこと。 - 世話女房(せわにょうぼう):
庶民の暮らしを描く「世話場」に登場する、家庭を切り盛りする女房役。
よく尽くす妻のたとえ。 - 泥仕合(どろじあい):
泥田を舞台にした争いの場面から。
互いの弱みを暴き合う醜い争いのこと。 - どさ回り:
常打ちの小屋を持たず地方を巡業すること。
地方巡業や下積みの仕事を指す言葉に。
なお、「どさ」は佐渡の倒語とする説もある。 - 愛想づかし(あいそづかし):
相思相愛だった男女が縁を切る場面。
相手に愛想を尽かして冷たくすることのたとえ。
能楽は武家の芸、歌舞伎は庶民の芝居小屋
歌舞伎とほぼ同じ時代に栄えた能楽(= 能と狂言を合わせた芸能の総称)は、江戸幕府の式楽(= 公式の儀式で演じる芸能)として武家に愛好され、庶民が気軽に見物できる娯楽ではありませんでした。
一方の歌舞伎は、江戸三座(中村座・市村座・森田座)をはじめとする芝居小屋が、木戸銭(= 入場料)さえ払えば誰でも入れる庶民の娯楽として賑わっていました。
見得や差し金といった舞台の専門語は、日常的に芝居小屋へ通う庶民の間で自然と共通言語になり、やがて芝居小屋の外へも持ち出されて定着していきました。









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