故事成語

春秋の筆法

(しゅんじゅうのひっぽう)

事実を述べる際、書き手の価値判断を加えて書く書き方。


11文字の言葉 / 「し・じ」から始まる言葉
春秋の筆法 ことば
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意味

「春秋の筆法(しゅんじゅうのひっぽう)」とは、起きた出来事を書くときに、書き手の善悪の判断をはっきり込めて表す書き方という意味です。
特に、間接的な原因を、結果に直接結びつけて厳しく批判する書き方をいいます。
このほか、記録する意味を十分に考えて、公正な態度で事実を記録することをいう場合もあります。

  • 春秋(しゅんじゅう):孔子が編んだとされる、中国の歴史書。
  • 筆法(ひっぽう):文章の書き方。筆づかい。

語源・由来

「春秋」は、孔子が編んだとされる歴史書で、その文章には孔子の正邪の判断が込められていると考えられてきました。
孔子が『春秋』をつくったときの態度は、司馬遷しばせんの『史記しき』孔子世家こうしせいか(= 孔子の伝記)に、次のようにあります。

至於為春秋,筆則筆,削則削,子夏之徒不能贊一辭。
(『春秋』をつくる段になると、書くべきことは書き、削るべきことは削り、弟子の子夏たちでも一言も付け加えられなかった。)

書くことと削ることを孔子がはっきり決めた文章だから、出来事を書きながら評価も込める書き方を「春秋の筆法」と呼ぶようになりました。
なお、「春秋に富む」「春秋高し」の「春秋」は年月のことで、この歴史書とは別の使い方です。

使い方・例文

  • その記事は、事故の責任を会社の方針だけに結びつけた春秋の筆法だと批判された。
  • 春秋の筆法で言えば、あの人事が部門の不振を招いた張本人になる。
  • 歴史の本は、事実の列挙にとどまらず、春秋の筆法で評価まで書き込むことがある。

『春秋』は、手を下していない趙盾を「君主殺し」と記した

『春秋左氏伝しゅんじゅうさしでん』(= 『春秋』の注釈書)の宣公二年には、君主を自分の手で殺していない大臣が、「君主を殺した」と書かれた場面があります。

晋の霊公れいこうが、趙穿ちょうせんに桃園で攻められたとき、国の最高位の大臣である趙盾ちょうとんは、国外へ逃げる途中、まだ山を出ないうちに引き返していました。
すると、記録を担当する太史たいし(= 歴史を記す役人)は、次のように書いて朝廷の人々に示しました。

趙盾弒其君
(趙盾がその君主を殺した。)

趙盾が「そうではない」と言うと、太史は、次のように答えました。

子為正卿,亡不越竟,反不討賊,非子而誰?
(あなたは最高位の大臣で、逃げても国境を越えず、戻ってきても賊を討たなかった。あなた以外の誰がやったというのですか。)

のちに孔子は、この史官の董狐とうこを「古の良い史官で、書き方に隠しだてをしなかった」と評しています。
霊公を攻めたのは趙穿でしたが、『春秋』の本文も、この出来事を次のように記しています。

晉趙盾弒其君夷皋。
(晋の趙盾が、その君主である霊公を殺した。)

この話からは、権勢を恐れずに真実を書くことを言う「董狐の筆」という言葉も生まれました。
『春秋左氏伝』から生まれた故事成語は、春秋左氏伝とは?孔子の年代記を彩る歴史書から生まれた故事成語18語にまとめています。

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