意味
「驥尾に付す(きびにふす)」とは、すぐれた人のあとについて行動し、自分も物事を成し遂げるという意味です。
自分の行いをへりくだって言うときの言葉で、「自分には大した力は無いが、すぐれた人について行ったおかげで」という気持ちを込めます。
すぐれた人の仕事を見習って行う、という意味でも使われます。
「驥尾に付く(きびにつく)」とも言います。
- 驥(き):一日に千里を走るという名馬。
- 驥尾(きび):名馬の尾。
語源・由来
この言葉は、中国の歴史書『史記』の「伯夷列伝」の一節から出ています。
書き手の司馬遷は、孔子の弟子の顔淵(= 顔回)の名が世に知られたのは、孔子という名馬の尾についていたからだと述べています。
次の一節が、その箇所です。
伯夷、叔齊雖賢,得夫子而名益彰。顏淵雖篤學,附驥尾而行益顯。
(伯夷・叔斉は賢人であったが、孔子に取り上げられて名がいっそう明らかになった。顔淵は学問に熱心であったが、名馬の尾についたことで、その行いがいっそう世に知られた。)
『史記』の古い注釈の一つ『史記索隠』は、「驥尾に附して」を、蒼蠅が名馬の尾につかまって千里を行くことのたとえとし、顔回が孔子のおかげで名を上げたことを言ったものだと説明しています。
使い方・例文
- 新任の挨拶で「諸先輩の驥尾に付して、精一杯努めてまいります」と述べた。
- 受賞の知らせに、彼は「恩師の驥尾に付しただけです」と控えめに答えた。
- 私も先人の驥尾に付し、この研究を次の世代へつなぎたいと考えている。
類義語・関連語
どちらも、人のあとについて行く様子を言う言葉です。
- 後塵を拝する(こうじんをはいする):
すぐれた人物につき従うこと。他人に先を越される、地位のある人をうらやむという意味もある語。 - 尻馬に乗る(しりうまにのる):
分別もなく他人の言動に同調し、軽はずみなことをする意。
「驥尾に付す」と「尻馬に乗る」の違い
「驥尾に付す」はすぐれた人に従うことをへりくだって言う言葉で、「尻馬に乗る」は分別もなく他人に同調して軽はずみなことをするという、悪い意味の言葉です。
名の埋もれた隠者を司馬遷が嘆く
伯夷列伝では、この一節のあと、岩山や洞穴にこもって暮らす隠者の中にも立派な人はいたのに、その名が埋もれて伝わらないことを悲しんでいます。
続けて、村里の人が行いを磨いて名を立てようとしても、「青雲の士」(= 学徳が高く名の知られた人)につかなければ後の世に名を残せない、と書いています。
閭巷之人,欲砥行立名者,非附青雲之士,惡能施于後世哉?
(村里の人で、行いを磨いて名を立てようとする者も、青雲の士につかなければ、どうして後の世に名を伝えられようか。)


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