意味
「泣いて馬謖を斬る(ないてばしょくをきる)」とは、どれほど目をかけた相手でも、決まりを破ったなら私情を押し殺して処分するという意味です。
処分する側のつらさを含んだ言葉で、組織の上に立つ人が部下や身内を罰する場面で使われます。
- 馬謖(ばしょく):中国の三国時代、蜀の武将。
- 斬る(きる):刀で首をはねて死刑にすること。
語源・由来
この言葉は、中国の歴史書『三国志』に記された228年の出来事に由来します。
蜀の宰相諸葛亮(孔明)は、魏との戦いで、周りの反対を押し切って馬謖を先鋒に抜てきしました。
ところが馬謖は諸葛亮の指示に従わずに軍を動かし、街亭の戦いで魏軍に大敗します。
『三国志』の馬謖の伝記には、敗戦のあとのことが次のように書かれています。
謖は獄に下りて物故し、亮これが為に涕を流す
(馬謖は牢に入れられて死に、諸葛亮はそのために涙を流した)
一方、同じ『三国志』でも諸葛亮の伝記には「馬謖を処刑して兵士たちにわびた」とあり、馬謖の最期は伝記によって書き方が分かれています。
のちに書かれた小説『三国志演義』は、この場面を「孔明、涙を揮って馬謖を斬る」という題で描きました。
ここから「涙を揮って馬謖を斬る」の形でも使われます。
使い方・例文
処分される側ではなく、処分を下す側が自分の苦しい胸の内を語るときに使います。
厳しい処分に対する反発をやわらげるために、あえてこの言葉を持ち出すこともあります。
- 規律違反は見逃せない。監督は泣いて馬謖を斬る思いでエースを外した。
- 創業以来の功労者だが、社長は泣いて馬謖を斬る覚悟で解任した。
- 「泣いて馬謖を斬る決断でした」と、会長は会見で語った。
類義語・関連語
この言葉と同じように、罰を正しく与えて規律を保つことを表す言葉には、以下のようなものがあります。
劉備は、馬謖を重く用いるなと言い残していた
馬謖を抜てきするより前に、諸葛亮は警告を受けていました。
蜀の初代皇帝劉備は亡くなる直前、諸葛亮に次のように言い残しています。
馬謖は言、其の実に過ぐ。大いに用うべからず
(馬謖は口ぶりが実力を上回っている。大きな役目に使ってはならない)
諸葛亮はこの忠告に納得せず、馬謖を参謀に取り立てて、昼から夜まで語り合うほど重んじました。
劉備が亡くなったのは223年で、街亭の敗戦はその5年後のことです。











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