意味
「実るほど頭を垂れる稲穂かな(みのるほどこうべをたれるいなほかな)」とは、人格が高まり学問や徳が深まった人ほど、他人に対して謙虚になるべきだという教訓です。
稲の穂は、中身が詰まって成熟するほど、その重みで自然と先が低く垂れ下がります。
この様子を人にたとえ、立派な人ほど慢心せず、相手にへりくだるものだという理想を説いています。
語源・由来
「実るほど頭を垂れる稲穂かな」は、五七五の形をした言葉ですが、作者も、いつ生まれたかも分かっていません。
稲が実るにつれて穂を垂れる様子を、人の生き方に重ねた言葉です。
同じ見立ての言い方に「実る稲田は頭垂る」「実の入る稲は穂を垂る」もあります。
使い方・例文
「実るほど頭を垂れる稲穂かな」は、優れた人物の謙虚さをほめるときや、得意になっている人をいさめるとき、自分への戒めとして使います。
例文
- 部長は実績があるのに新人の話も丁寧に聞く。実るほど頭を垂れる稲穂かなを地で行く人だ。
- 賞を取った今こそ、実るほど頭を垂れる稲穂かなと自分に言い聞かせている。
- 「できるからと威張るな。実るほど頭を垂れる稲穂かなというだろう」と先生が言った。
類義語・関連語
「実るほど頭を垂れる稲穂かな」と似た意味を持つ言葉には、以下のようなものがあります。
- 能ある鷹は爪を隠す(のうあるたかはつめをかくす):
本当に実力がある者は、それをむやみに見せびらかさないという意味。 - 大賢は愚なるが如し(たいけんはぐなるがごとし):
本当に賢い人は知恵をひけらかさないので、かえって愚か者のように見えるという意味。 - 和光同塵(わこうどうじん):
すぐれた才能や徳を表に出さず、世の中の人々に交じってつつましく暮らすという意味。
対義語
「実るほど頭を垂れる稲穂かな」とは対照的な意味を持つ言葉は以下の通りです。
- 空き樽は音が高い(あきだるはおとがたかい):
中身のない(教養や思慮が足りない)人ほど、よくしゃべるという意味。 - 浅瀬に仇波(あさせにあだなみ):
思慮の浅い者ほど、ささいなことで騒ぎ立てるという意味。
英語表現
「実るほど頭を垂れる稲穂かな」を英語で表現する場合、以下のフレーズが適切です。
The boughs that bear most hang lowest
直訳は「最も多くの実をつける枝が、最も低く垂れ下がる」で、日本の稲穂と同じく、実の重みで垂れる姿を謙虚さにたとえた英語のことわざです。
Remember that the boughs that bear most hang lowest when you get promoted.
(昇進したときこそ、実るほど頭を垂れる稲穂かなという言葉を忘れないように。)
稲はうつむき人は反り返る、江戸の皮肉
正保2年(1645年)に出た俳書『毛吹草』には、俳人の松江重頼が集めたことわざが七百あまり載っています。
その中に「菩薩みがいればうつぶく、人間みがいればあをのく」という句があります。
(菩薩、つまり米は実が入るとうつむくが、人間は中身ができると仰向いてそり返る、という意味です。)
人は偉くなるほど頭を下げなくなる、という皮肉です。
「実るほど頭を垂れる稲穂かな」は、この観察を一歩進めたものと見る解説があります。
『毛吹草』の句が人の思い上がりを笑うのに対し、こちらは稲穂の姿だけを詠んで、人のあるべき姿を示しています。















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