浮き沈みを表す「栄枯盛衰」「七転八起」、儚さを表す「諸行無常」「夢幻泡影」、生き方を表す「一期一会」「大器晩成」など、人生を表す四字熟語を中心に集めました。
何が起こるかわからない人生をいう「人間万事塞翁が馬」「一寸先は闇」「人生山あり谷あり」、人生の短さをいう「光陰矢の如し」「人生朝露の如し」、教訓になる「初心忘るべからず」などのことわざもあわせて、読み・意味とともに紹介します。
もくじ
人生の浮き沈みを表す四字熟語
- 有為転変(ういてんぺん):
この世の物事はすべて因縁によって仮にあるもので、常に移り変わっていくはかないものだということ。
もとは仏教の言葉で、「有為転変は世の習い」のように使う。 - 栄枯盛衰(えいこせいすい):
栄えたり衰えたりすること。
「栄枯」はもともと草木が茂ることと枯れることで、同じような意味の「盛衰」を重ねて強めた言葉。 - 七転八起(しちてんはっき):
何度失敗してもくじけず、立ち直ってどこまでもやり抜くこと。
七回転んで八回起き上がるという意味から。
「七転び八起き」ともいう。 - 盛者必衰(じょうしゃひっすい):
勢いの盛んな者も、必ず衰えるときがあるという世の無常。
仏教の無常観を表す言葉で、「平家物語」の冒頭に「娑羅双樹の花の色、盛者必衰のことはりを表す」とある。 - 捲土重来(けんどちょうらい):
一度失敗した者が、非常な勢いで盛り返すこと。
「捲土」は土煙を巻き上げることで、唐の杜牧の詩「烏江亭に題す」から出た言葉。
「けんどじゅうらい」とも読む。 - 一陽来復(いちようらいふく):
悪いことが続いたあと、ようやく物事がよい方に向かうこと。
もとは「易経」の考え方で、陰がきわまったあと冬至に陽が再び生じることを指し、冬至や陰暦十一月の意味でも使われる。 - 九死一生(きゅうしいっしょう):
ほとんど助からないと思えるほどの危険な状態。
また、そこからかろうじて命が助かることもいう。
十のうち「死」が九分、「生」が一分という意味で、「九死に一生を得る」と同じ。
人生の儚さ・短さを表す四字熟語
- 諸行無常(しょぎょうむじょう):
世の中のすべてのものは常に変化し生滅して、永久に変わらないものはないということ。
仏教の根本の教えである「三法印」の一つで、人生のはかなさを語るときによく使われる。 - 生者必滅(しょうじゃひつめつ):
命あるものは、必ず死ぬときが来るという仏教の教え。
「大般涅槃経」の一節に由来し、「平家物語」に「生者必滅会者定離はうき世の習にて候なり」とあるように、「会者定離」と対にして用いられる。 - 会者定離(えしゃじょうり):
会った者とは必ず別れる運命にあるということで、この世のはかなさのたとえ。
「遺教経」の「世皆常無し、会えば必ず離る有り」などから出た言葉。 - 老少不定(ろうしょうふじょう):
人の寿命に老若の定めはなく、老人が先に、若者が後に死ぬとは限らないという意味。
仏教から来た語で、命のはかなさをいう。 - 夢幻泡影(むげんほうよう):
夢と幻と泡と影。
人生のはかなさのたとえで、もとは仏教の言葉。
「影」を「よう」と読むのは呉音による。 - 電光朝露(でんこうちょうろ):
稲妻の光と朝の露のように、はかなく消えやすいことのたとえ。
「電光朝露の命」のように使う。 - 無常迅速(むじょうじんそく):
人の世の移り変わりが、きわめて速い様子。
また、人の死が思いがけず早く来ることもいう。
仏教の言葉で、多く「生死事大」と対にして用いられる。
人生の歩みと生き方を表す四字熟語
- 一期一会(いちごいちえ):
一生に一度しかない出会い。
もとは茶の湯の心得で、茶会は毎回一生に一度の会だと思い、主客ともに誠意を尽くすべきだと説いた語。
「山上宗二記」の「一期に一度の会」から出た言葉で、のちに人との出会いを大切にするという意味で広く使われるようになった。 - 大器晩成(たいきばんせい):
大きな器が早くできあがらないように、本当の大人物は時間をかけて実力を養い、のちに大成するということ。
「老子」四十一章の一節による言葉。 - 悠々自適(ゆうゆうじてき):
俗世間のわずらわしさを離れ、心のおもむくままにゆったりと日を過ごす様子。 - 初志貫徹(しょしかんてつ):
最初に心に決めた志を、最後まで貫き通すこと。 - 晴耕雨読(せいこううどく):
晴れた日には田畑を耕し、雨の日には家にこもって読書をする暮らし。
悠々自適の生活を送ることをいう。 - 行雲流水(こううんりゅうすい):
空を行く雲と流れる水のように、物事に執着せず、自然の成り行きに任せて行動することのたとえ。
「行雲流水の生活」のように使う。 - 酔生夢死(すいせいむし):
何もなすことなく、一生を無為に過ごすこと。
酒に酔ったような、また夢を見ているような心地で、ぼんやりと一生を終えるという意味から。
「すいせいぼうし」とも読む。 - 人生行路(じんせいこうろ):
人がこの世に生きていく道のり。
人間の一生を、前途の予測できない旅にたとえた言葉で、世渡りの意味でも使う。 - 知足安分(ちそくあんぶん):
足りることを知り、自分の分に安んじる生き方。
置かれている状況を自分に見合ったものとして、不平不満を抱かないという意味。
人生は何が起こるかわからないことわざ
- 人間万事塞翁が馬(にんげんばんじさいおうがうま):
人生の吉凶や禍福は移り変わりがきわまりなく、簡単には定められないということ。
悪いことに見えたことがよいことにつながり、よさそうなことが悪いことにつながる場合もある。
国境の塞の近くに住む老人の馬にまつわる「淮南子」人間訓の故事から出た言葉で、「塞翁が馬」ともいう。 - 禍福は糾える縄の如し(かふくはあざなえるなわのごとし):
幸福と不幸は、より合わせた縄のように交互にやってくるという教え。
「史記」南越伝から出た言葉。 - 一寸先は闇(いっすんさきはやみ):
ほんの少し先のことも、まったく予測できないことのたとえ。
「一寸」は約三センチで、ここではほんのわずかという意味。 - 人生山あり谷あり(じんせいやまありたにあり):
人生には、物事がうまくいく時もあれば、うまくいかない苦しい時もあるということ。
人生の好不調を、山道の上り下りに重ねた言い方。 - 沈む瀬あれば浮かぶ瀬あり(しずむせあればうかぶせあり):
長い人生には悪いときもあればよいときもあり、悪いことばかりが続くものではないというたとえ。 - 楽あれば苦あり、苦あれば楽あり(らくあればくありくあればらくあり):
楽しいことの後には苦しいことがあり、苦しいことの後には楽しいことがある。
「楽あれば苦あり」とだけもいう。 - 明日は明日の風が吹く(あしたはあしたのかぜがふく):
今日どんなことがあっても、明日はまた別の成り行きになる。
くよくよと心配しても始まらないという、楽観的な考え方を表す。 - 雨降って地固まる(あめふってじかたまる):
もめごとなど悪いことが起こったあとは、かえって基盤がしっかりして、よい状態になるというたとえ。
雨の降ったあとは、かえって地面が固くなることから。
人生の短さ・儚さを表すことわざ
- 光陰矢の如し(こういんやのごとし):
月日がたつのは、飛ぶ矢のように早いというたとえ。 - 歳月人を待たず(さいげつひとをまたず):
年月は人の都合にかかわりなく、刻々と過ぎていき、少しもとどまらない。
時のたつのは速いから時間をむだにしてはならない、という戒めとしても使う。
陶淵明の詩「雑詩」の一節から。 - 少年老い易く学成り難し(しょうねんおいやすくがくなりがたし):
若いと思っているうちにすぐ年をとってしまうが、学問はなかなか成就しない。
だから、わずかな時間も惜しんで勉強せよという教え。
「一寸の光陰軽んずべからず」と続く漢詩の一句。 - 人生朝露の如し(じんせいちょうろのごとし):
人の一生は、朝日が射せばすぐに消えてしまう露のようにはかないということ。
「漢書」蘇武伝にある言葉。 - 邯鄲の夢(かんたんのゆめ):
人の世の栄枯盛衰が、はかないことのたとえ。
貧しい青年の盧生が、趙の都の邯鄲で道士から不思議な枕を借りてうたた寝をし、富貴を極めた五十余年の一生を夢に見たが、目覚めると炊きかけの粟もまだ煮えていなかったという「枕中記」の故事から。
「一炊の夢」「邯鄲の枕」ともいう。 - 胡蝶の夢(こちょうのゆめ):
夢と現実の区別がはっきりしないことのたとえ。
また、人生のはかなさのたとえとしても使われる。
荘子が夢の中で蝶になり、目覚めたあと、自分が夢で蝶になったのか、蝶が夢で自分になっているのか分からなくなったという「荘子」斉物論の故事による。 - 槿花一朝の夢(きんかいっちょうのゆめ):
栄華がはかないことのたとえ。
朝咲いて夕方にはしぼむ槿の花のように、華やかな盛りも長くは続かないという意味。
唐の白居易の詩「放言」から出た言葉で、「槿花一日の栄」ともいう。 - 一場の春夢(いちじょうのしゅんむ):
その場だけで跡形もなく消える短い春の夢のように、栄華がきわめてはかないことのたとえ。
中国の「侯鯖録」から出た言葉。 - 明日ありと思う心の仇桜(あすありとおもうこころのあだざくら):
明日があると当てにしていると、桜の花がはかなく散るように、機会を失ってしまうということ。
世の無常をいう言葉で、物事を先へ延ばす心を戒めるときに使う。
「仇桜」は散りやすい桜の花で、はかないもののたとえ。
親鸞の作と伝えられる歌「あすありと思ふ心のあだ桜 夜半に嵐の吹かぬものかは」の上の句。 - 芸術は長く人生は短し(げいじゅつはながくじんせいはみじかし):
人の命は短いが、すぐれた芸術作品は作者が死んだのちも長く残るということ。
もとは古代ギリシャの医者ヒポクラテスの言葉で、医術はきわめがたく人の一生は短いので、医を学ぶ者は怠らず励むべきだという教えだった。
人生の教訓になることわざ
- 初心忘るべからず(しょしんわするべからず):
習い始めたころの謙虚で真剣な気持ちを、忘れてはならないという戒め。
室町時代の能役者世阿弥の「花鏡」にある言葉で、芸を身に付けるそれぞれの段階に「初心」があると説いている。 - 急がば回れ(いそがばまわれ):
急ぐときほど、危険な近道より遠くても安全で確実な方法をとったほうが、早く目的を達することができるというたとえ。 - 石の上にも三年(いしのうえにもさんねん):
冷たい石の上でも三年座り続ければ暖まってくるように、つらくても辛抱強く続ければ、やがて報われるということ。
江戸初期には「石の上にも三年いれば温まる」といった。 - 人事を尽くして天命を待つ(じんじをつくしててんめいをまつ):
人間の力でできる限りのことをして、その結果は運命に任せる心構え。
「読史管見」にある「人事を尽くして天命に聴す」から。 - 終わり良ければ全て良し(おわりよければすべてよし):
物事は結末さえ良ければ、途中の失敗や不手際は問題にならないということ。 - 命あっての物種(いのちあってのものだね):
何事も命があってできることで、死んでしまっては何にもならないという意味。
「物種」は物事の根源のことで、「命は物種」ともいう。 - 人生意気に感ず(じんせいいきにかんず):
人は相手の心意気に感じて力を尽くすのであって、金銭や名誉のためにするのではないということ。
魏徴の詩「述懐」から出た言葉。
年齢と人生のことわざ
- 三つ子の魂百まで(みつごのたましいひゃくまで):
幼いころの性格は、年をとっても変わらないということ。
「三つ子」は幼いころのたとえとして使われる。 - 四十にして惑わず(しじゅうにしてまどわず):
人は四十歳になれば、道理を知って物事に迷わなくなるという意味。
「論語」為政篇の言葉で、四十歳を「不惑」と呼ぶのはここから。 - 五十にして天命を知る(ごじゅうにしててんめいをしる):
五十歳になって、はじめて自分の人生についての天命・運命が何であったかが分かるということ。
「論語」為政篇にあり、五十歳のことを「知命」というのはこの言葉による。 - うかうか三十、きょろきょろ四十(うかうかさんじゅう、きょろきょろしじゅう):
三十代をむなしく過ごし、四十代になってあわてる様子。
歳月は過ぎやすく、老いがたちまちやってくることのたとえ。




コメント